節操の無さ、だがそれが良い。

日曜の夕方、同郷出身の友人から連絡があった。

近日我が家に来る予定だったのだが「日程を変更したい」と言う連絡だった。話を聞くと「その日は『農業のセミナー』がある」ので行けなくなったとのこと。東京で続けていた仕事に限界を感じるので辞めて、地元で農業に従事するほうが需要があると思って受けに行くという話だった。

「煮詰まってもしかしたら逃避なのかも」と心配すると同時にここ何年か「地方が熱い」みたいなプロモーションが多いことを改めて思わされる。日本は、アメリカのように「ビジネスはニューヨーク」「政治はワシントン」「エンタメはロス」という分かれているわけではなく「東京集中型」となってしまっている現状なので他の都市や地域は可能性があるのかもしれない。また、若者の街「渋谷」のタワレコであっても土曜の20時時点で客がガラガラの閑古鳥状態でもあるし、時代は変わってきているのかもしれない。

しかし「地方出身」かつ「社会に出て駆け出しの頃に都会のせいにして田舎に戻った経験がある」僕から言わせてもらうと、地方は全然甘くない。「仕事はない」「村社会で閉鎖的(即ち友達できないし、周りから浮く)」「(自然と戯れる趣味でもないと)やることない」の三拍子で僕は金を貯めて東京に戻った。僕にとって「生まれ育った場所」は何も思い入れができない場所だった。

また近年の働き方に関しても「インターネットが普及したので仕事の場所は選ばない」と言う考え方にもやや疑問を感じている。「顔を合わせての打ち合わせ」で事態が解決されることは多く、都会に住むメリットは十分にあると思われる。結局「仕事が出来る人は地方でも通用する」だけなのではないだろうか。

そんな事を日々感じているので「地方に行って悠々自適にやるんだ」みたいな事を言われるたび、「こいつ、昨日BRUTUSでも読んだのかな」と思う偏見(悪い癖)が僕にはある。(「アート」「インディーズ」を語る人に対しては、「STUDIO VOICE買ってますみたいな顔しやって…。」とも思う。もっと「SPA!」でも読んで自分の現実見ろと。)

BRUTUS」(「PEN」も似たようなところがあるが)は売る戦略として、何でも特集しちゃうのが得意だ。「あんこ」「ラジオ」「牧場」「浮世絵」なんでもがござれ。節操なし。最終的に90年代の「GON!」みたいな無法地帯な雑誌になるのでは無いかと僕は予想している。

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※「GON!」はこの「ツチノコ」を料理の特集が一番衝撃的だった。

そんな「BRUTUS」の節操なさをディスる日々だったのが、15日に発売される特集は流石の切り口だ。「親と子」特集だそうです。子供が可愛い盛りの僕としては「ぐぬぬ」と悔しい言葉を漏らしながら買うしか無い。

BRUTUSは本当に節操がない。だがそれが良い時もあるよね。